お陰様で先月の30日で68歳になりました。生まれ変わって6年。生涯寿し屋と決めた年でもあります。毎年、自分の誕生日にケーキを届けてくれる野球仲間が今年もどんだけと言う量で届けてくれました。数年前に誕生日を告知してしまい、日頃口にするケーキが複数届き嬉しいやら申し訳ないやら、有難いことなんですが・・・・・今日、これも時代かユーちゅうバーがご来店。場末の寿し屋に何用?このブログを見てとの事。それで納得!寿し屋のブログにデザートを書くバカはいないのです。流石売れっ子のユーちゅうバー。デザート褒めていただきました。チャンと忖度して頂きありがとうございました。
それでは。![1698726712459[468]](http://www.sushiya.co.jp/wp-content/uploads/2023/11/1698726712459468-225x300.jpg)
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飛騨高山の郷土料理の【牛寿寿司】です。三男坊の中学時代の夏合宿で旧シニアの当時のオーナーから教わりました。全く合わないと思っていましたが子供達20人で四升分があっという間に平らげられたのが衝撃でした。それ以来シャリが余ると純子に作ってもらってました。自分の食べたい物を提供。この理念でランチメニューの巻物の代わりに食べて頂いています。勿論、残った方が嬉しいのでお客様には任意で選んでもらいますが、残らないのです。
は大変です。最近ではデザートは純子の才能が開花。自分の出番が少なくなりつつあります。死ぬまでにお菓子の最高峰オペラは作ってみたいです。ちなみに明日はバレンタインデーでガトーショコラを作ってました。流石です。お店も26年も経ちますと壊れて来ます。明日は早朝の出張と15日はシンクの取り換えでお店は連休を頂きます。宜しくお願いします。 それでは。
号がこの時代不思議ではないのですが女性4世代に握ってきました。それも2件のお宅で。途中高速道路でエンストし100キロ超で向かって来る車の恐怖も体験しました。このご家族に共通するのは良く召し上がって頂けると言う事です。思わず娘さん(自分より年上)に心配して聞いてしまいました。寿司屋冥利に尽きます。岡山からひ孫に会いに来るというだけで凄いのに岡山のひ孫も引率して来て新大久保、原宿までひ孫に付き合うスーパーぶりです。座っていて頂けるだけで心が温まります。呼んで頂いて感謝です。それでは。![DSC_0624[182]](http://www.sushiya.co.jp/wp-content/uploads/2023/02/DSC_0624182-300x300.jpg)
