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秋の味覚が届きました。

交流が始まりもう30年になります。大分県は臼杵の有名フグ料理店の女将さんから届きます。うちの店とは格が違うらしいのですが毎年必ず届きます。遠く大分の自分の山から本当に感謝しかありません。薄造りした平目に海塩を軽く振りカボスを絞って、召し上がって頂きます。当店の自慢料理です。DSC_1024 (002)

自動炊飯器では出来ません。

中華料理では”おこげ”はありますが、寿し屋では絶対に無いのですが賄い飯には密かに存在します。修業時代の初期にはシャリは分厚い木蓋のあるお釜で炊いてました。時間が来れば炊きあがる今の炊飯器とは違い火力調整が必要な始めチョロチョロなかぱっぱ赤子が泣いても蓋取るなの言いつけを地で行くものでした。最初は緊張して炊いていましたが慣れてくると自分で火力調整が出来るようになり内緒で最後の一炊きで薄くおこげを作りにおかか、醬油を少々混ぜておにぎりにすると食べ盛りの出前持ちには最高のおやつになりました。今日は巻物代わりに北海道産とうもろこしの炊き込みご飯で敢えておこげを作り出前持ち時代を懐かしんでいます。もう最高です。DSC_1023 (002)

今でも、やっているのですが

50年前は並100円,上200円,特上300円でした。時代は流れ今では写真のお寿司が特上の1,5人前税込み4100円です。最近では全くと言うほど出前はありません。ウーバーと言う新しい出前の形態が出来たのにも関わらず、お寿司は使い切り容器では需要は半減です。昔からお寿司の出前はお客様が見えた時というパターンが多く器にも気を使わなくてはいけません。配って下げる人手が大変な時な時に衰退していくのも仕方ないのかも知れませんがしぶとく当店は出前をしています。DSC_1021 (004)

高級砂糖で作りました。

頂いた高級砂糖『和三盆糖』で炊いた小豆で白玉ぜんざいを作り提供しました。外国には持ち込めないと頂きました。色々作れるようになりました。困った趣味にお付き合い頂ける人も増え60の手習いとはよく言ったものです。最終目標はオペラ。家族一致で無理の一言。この一言が奮い立つのです。本当に困った性格です。40年以上のお付き合いの方はしょうがないね。の一言。楽しみながら寿司を握り、デザートを作る。皆様には申し訳ありませんが最高です。それではDSC_1020 (002)

自分が病症の時に産まれました。

野球仲間のお嬢さんです。早朝野球のメンバーで術後のお見舞いを受け『女の子が産まれました。』それがもう8年前。お寿司が食べたいと仲間に訴えたそうです。数多のお寿司屋さんがあるのにも関わらず『オジサンのところ』これだけで涙が出ます。自分もそうですが、父上はどう見てもハンシャ?ブログに出すよ!と言ったら笑顔でポーズを作ってくれました。最高!DSC_1019 (002)

早くも秋が到着です。

37度を超す猛暑ですが秋の味覚の第一便が届きました。寿司屋にあるまじき発言ですが秋刀魚は刺身より塩焼き派です。酢橘をタップリ絞って頂くのが一番です。そんな訳で店主が塩焼きを勧めるんですから塩焼きが一番売り上げます。内心は刺身でと言う声も聞こえない訳ではありませんが・・・・DSC_1018 (002)

号泣しました。

お盆の暇なひと時。大谷さんの成績アップされるYouTubeを見ていましたら、脇に映画をフルで見れるとあり題名が山本周五郎生誕100周年記念。『初蕾』ストーリーは伏せますがもう号泣しました。思いだしました。高校通学時に読んだ周五郎作品。、日本婦道記の中の『松の花』と言う」短編を電車の中で読んでいたのですが亡くなった武士の奥様の元に夜な夜な世話になった農民が焼香に訪れる話なんですが産まれて始めて周りも見えなくなり号泣!16の春に本を読んで号泣した事を思い出しました。なんでこんなに女性の農民が集まるのかわからない御主人が真相を探る話なんですが、あれから50年。パソコンの画面から泣く時代になりました。DSC_1010 (002)

自分が寿司屋になってから。

甘エビです。新潟から届いてますが、今日は昆布締めにして提供です。新しい流れと言いますか、熟成などと言われている寿司です。活きていないと海老は生では食べられないと言われていました。それが輸送が早くなり、冷蔵車の登場で新潟の甘えびが東京でも食べられるようになったのが自分が寿司屋に入ってからでした。以来北海道、などから入荷されるようになったのです。DSC_1009 (002)