伺う度にお土産を用意して頂ける、滝見温泉の御主人。今年は黒瓜でした。当然、奈良漬けにしてお客様に振舞えと言う優しいお気遣い。早速仕込みに入りました。10か月後をお楽しみに。
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小肌の思い出。
小肌が寿し屋に入って
最初に触れる魚です。出刃の包丁の使い方の基本が全て入っていると教わりました。出刃包丁は厚みがあり、真っすぐに切れないのです。頭を落とし内臓も切りそして開きます。それから塩で締めます。この工程を一人で捌くには3年位の時間が掛かります。一人で仕上げに入った時に師匠に塩の時間は?と聞いた所、【小肌に聞け!】と一言。初めてくそ親父と思った瞬間でした。先輩から良く小肌を見ろ!とも言われ、訳が分からず不貞腐れた経験があります。あれから50年。料理本に新しい小豆の炊き方とあり、小豆だけ表面から水分は取らない為、前日から水に漬けるよりもぬるま湯で炊いた方が良いと書いてあり、砂糖は何時入れたら良いのですか?との質問に【小豆に聞いてください。】現在も凄い人がいました。まだまだ日本は最高の料理天国です。今年もシンコ狂騒が始まります。
それでは。
流石はイタリアンシェフ。
惜しまれても、さっさと引退してしまったTシェフ。たった一言のアドバイスで見事シュークリームが膨らみました。全く素人には神様に見えます。これでお金を頂いて教えて頂く栄誉!!!止められません。明日お子さんの予約を頂いているので楽しみです。正直、寿司はなかなか難しいですね。先人達から受け継いだ仕事は素晴しいと思っています。お菓子や漬物は不味いからスタートしてます。自分はまだまだと思っていますので否定されるのは何とも思わないより燃えます。次回旨いのを作ってやる漫画で言う目に火がつくやつですが先人達を否定されるのは辛いですね。寿し屋で終わるのが希望なんですが色々やりたいことも一杯あるので宜しくお付き合いの程をお願いします。 それでは

今も昔も変わらない仕込。
昔の本籍地に凄い物が
写真はコッパと言われる天然砥石の一部です。何と2億5千万年前の代物です。少し前に昔の本籍地亀岡市にあると知り行きたくて仕方がありませんでしたがそう簡単に行けません。偶然お客様が亀岡市でイベントがあると知りお願いしてしまいました。お願いしたのはいいのですがとんでもない山奥だったらしくお帰りになり話をお聞きしたら冷や汗もので知らないで頼むととんでもない迷惑をかけてしまいます。が高くて手が出ないものなんですが体験でお安く買ってきて頂きました。この石が凄いのなんのって普段使う砥石は水に一晩漬けるのですがこの砥石はすぐ使えて物凄く滑らか。切れ味抜群。言う事ない砥石です。純正品を一生懸命働いて手に入れたい品物です。正直物凄く高価です。何でもそうなんですが良い物はいいですね。自分もそう思われるような寿司を握りたいですね。
あの暑さは何処へ行ったの?と思うくらい寒くなりました。この季節お店も寒くなります。
昨夜は銀座の超高級時計店のイベントで寿司を握って来ました。商品の飾り方などお勉強出来る事が多々ありお金を頂きながら良い経験をさせて頂きました。感謝です。
それでは
マグ汁です。
明日のお昼に提供するトン汁宜しくマグ汁です。マグロの横隔膜(固いので生食に適さない)を柔らかくして根菜類をじっくり汗を掻かせて(辰巳芳子さん流)仕上げました。今日は味噌仕立てでいきます。辰巳芳子さんの料理に向かう姿勢に衝撃を受け試に真似をしたのが始まりで一度お昼に試し出しをしました。皆さん残さず召し上がって頂いたのですが反響がいまいちだったので時間はかかるし賄では作ってましたが忘れていました。ある日お昼にいつも来て頂いている方が友達を連れて来店しその友達に呟いたのです。ここのマグ汁が美味しかったと若く綺麗な方だったので舞い上がり店の定番にしました。人間動機は不純な方が良い。これを地でいく馬鹿な寿司屋です。
鮪の横隔膜もいつもはごみ箱行きでした。これも台湾の料理人からヒントを得て食べられる様になりました。流石は4000年の底力です。最近になってやっと人の話を聞けるようになりました。一昔前なら今日のマグ汁は絶対実現していません。同業でも異業種でも凄い人が沢山いるのですね。今更遅いと思っている30年来のお客様もいるのも承知しています。
それでは
沈む寿司を目指してます。
蜆はあえて冷凍にします。
賄です。
お待たせしました。ブログ再開です。
正直に言いますと待ってるよ!と言って頂けたのは数人?でした。これが現実です。でも面白いと言って頂ける幸せを感じるのも事実で30年来の友人に一杯飲んで頂くという姑息な手段でお願いし実現しました。
実はこの友人、夫婦で電話番号を同時に変えるという暴挙?にでまして暫く音信不通の状態になり,スワ!離婚かと言うまことしなやかな噂も出ましたが円満に暮らして居る事が分かり一安心。パソコン幼稚園生の私にとってこの友人がいないとウン万円もするパソコンも只の箱でしかありません。手取り足取りの指導によって本日を向かえることができました。休止している間に物凄く早いスピードで世の中が変わっていきました。変われない昔人の嘆きをこのブログに書ければと思っています。



