今日は偶々、エレベーターで一緒になり、『何屋さん?』『寿し屋です。』そこから、お付き合いが始まった仲良しママさん、グループ。何時もの定例会?と思っていました。10月生まれの人が多いとの事で誕生会も兼ねると始まったら何と自分の誕生日を覚えて頂いていて一緒に祝って頂きました。50年も出張してきて初めての事で嬉しくて、嬉しくて、涙を堪えるに必死でした。齢70年。寿司を握り続けられる事に感謝です。そのグループのリーダー的な方のお嬢さん。何と小学4年生。一言で言うと【ヤバイ!】です。容姿はモデル。グループのお子さんを見事に統率。ケンカで子供が泣く事は今まで一度もありません。本当に凄いのです。小さい子まで整列させゲームを始めた時には、感激しすぎて言葉がありませんでした。普通は親が一人二人犠牲になり交代で寿しを食べて頂くのですがこの会は親が全員着席で寿しを召し上がって頂くと言う離れ業!シャンパンで親全員が乾杯する光景も初めてです。この子がどんな子になるのかもう少し長生きしたくなりました。ありがとう

こういう、食べ方もあります。
一番好きな寿司ネタ。
もしかしたら、1000億円プレーヤー
秋の味覚が届きました。
自動炊飯器では出来ません。
中華料理では”おこげ”はありますが、寿し屋では絶対に無いのですが賄い飯には密かに存在します。修業時代の初期にはシャリは分厚い木蓋のあるお釜で炊いてました。時間が来れば炊きあがる今の炊飯器とは違い火力調整が必要な始めチョロチョロなかぱっぱ赤子が泣いても蓋取るなの言いつけを地で行くものでした。最初は緊張して炊いていましたが慣れてくると自分で火力調整が出来るようになり内緒で最後の一炊きで薄くおこげを作りにおかか、醬油を少々混ぜておにぎりにすると食べ盛りの出前持ちには最高のおやつになりました。今日は巻物代わりに北海道産とうもろこしの炊き込みご飯で敢えておこげを作り出前持ち時代を懐かしんでいます。もう最高です。
今でも、やっているのですが
高級砂糖で作りました。
頂いた高級砂糖『和三盆糖』で炊いた小豆で白玉ぜんざいを作り提供しました。外国には持ち込めないと頂きました。色々作れるようになりました。困った趣味にお付き合い頂ける人も増え60の手習いとはよく言ったものです。最終目標はオペラ。家族一致で無理の一言。この一言が奮い立つのです。本当に困った性格です。40年以上のお付き合いの方はしょうがないね。の一言。楽しみながら寿司を握り、デザートを作る。皆様には申し訳ありませんが最高です。それでは






