カテゴリー別アーカイブ: 日々のこと

高級砂糖で作りました。

頂いた高級砂糖『和三盆糖』で炊いた小豆で白玉ぜんざいを作り提供しました。外国には持ち込めないと頂きました。色々作れるようになりました。困った趣味にお付き合い頂ける人も増え60の手習いとはよく言ったものです。最終目標はオペラ。家族一致で無理の一言。この一言が奮い立つのです。本当に困った性格です。40年以上のお付き合いの方はしょうがないね。の一言。楽しみながら寿司を握り、デザートを作る。皆様には申し訳ありませんが最高です。それではDSC_1020 (002)

自分が病症の時に産まれました。

野球仲間のお嬢さんです。早朝野球のメンバーで術後のお見舞いを受け『女の子が産まれました。』それがもう8年前。お寿司が食べたいと仲間に訴えたそうです。数多のお寿司屋さんがあるのにも関わらず『オジサンのところ』これだけで涙が出ます。自分もそうですが、父上はどう見てもハンシャ?ブログに出すよ!と言ったら笑顔でポーズを作ってくれました。最高!DSC_1019 (002)

自分が寿司屋になってから。

甘エビです。新潟から届いてますが、今日は昆布締めにして提供です。新しい流れと言いますか、熟成などと言われている寿司です。活きていないと海老は生では食べられないと言われていました。それが輸送が早くなり、冷蔵車の登場で新潟の甘えびが東京でも食べられるようになったのが自分が寿司屋に入ってからでした。以来北海道、などから入荷されるようになったのです。DSC_1009 (002)

 

秋田から頂きました。

もう、30年のお付き合いになりました。ネットの幕開け時代に最前線の会社の社長秘書として睡眠、2,3時間で働いていた猛者?でした。社長と共にご来店が深夜。夜明け寸前に解散するモーレツ会社でした。それでも、何時も笑顔で若手で咤激励する姿に惚れていました。今では秋田の母親の元に戻り暮らしていますが何時も季節の品々を送って頂きます。今回はスイカ。大変大きく、勿論、お店でお裾分けします。本当にありがとうございました。          それでは。DSC_1007 (002)

爺さんには無理です。

コロナ禍、ケーキ作りに精を出し迷惑承知でお客様に提供したのが始まりで渋々付き合ってくれたのが山の神。寿司の世界には0.1グラムは存在しませんがケーキの世界には0,1グラムが存在するんです。切り替えの早さは天下一品を自負する爺は0,1グラムが存在しない物だけを作り後は山の神にお任せ。そして遂に出ましたクレームブリュレ。訳が分からん!8月は5日に河口湖の花火大会に息子が呼ばれています、自分は南木曾で握ります。それでは。1754020736906 (002)

長野から頂きました。

毎年、南アルプスの麓から美味しい桃が送られてきます。今は亡き先代に会ったのが自分が28歳の時です。猛烈に働いていました。接待でお客様を送った後必ず店に戻り家族にお土産を持ち帰っていました。娘さんの話によると深夜にたたき起こされて「食べろ!』年頃の娘の気持ちも一切無視。仕事をリタイヤしてからのお付き合いが印象深いです。ご先祖は駒ケ根の大地主。近所の人呼ぶからと握りに来い。凄い人でした。その息子さんが送ってくれる『桃』そのまま頂くのが最高のデザートです。DSC_0995 (004)