カテゴリー別アーカイブ: 日々のこと

それぞれの、物語があります。

 

ご来店頂く、お客様にはそれぞれの物語があります。寿司を召し上がって頂く僅かな時間にその物語を聞かせて頂く喜びがあります。今日の物語はご両親もアメリカ在住のお姉さんがアメリカ人の旦那と一人日本で暮らす弟を訪ねる物語です。掛ける言葉に弟を思う気持ちが込められ【ちゃんと食べてるの?】の一言で弟を心配する姉と遠くアメリカで暮らすご両親の思いが伝わります。自分も姉に育てられた経験から少し冷たい物言いにもう涙、涙です。見てください、この素敵な笑顔。こういう物語を聞ける喜びが寿司を通して感じられる喜びがあります。これだから寿司屋は止められません。
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山形名菓をどっさり頂きました。

自分の記憶が曖昧で山形のY君、出会った時は高校生だと思いこんでいたのですが大学生ですよ、とY君、から記憶違いを指摘されました。5歳以上年上と思っていたのですが何と2歳しか歳が離れていない事が判明しました。余りの若さにちょっとショックです。大学時代のサークルの集まりに出席の為に上京しわざわざ,たくさんの山形名菓のお土産を頂きました。本当にありがとうございました。最近の事はまるっきり覚えていないのに48年も前の話だと鮮明に思い出せます。Y君、ありがとう。お互い長生きでいよう。
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Y君、ありがとう。

Y君、初冬の楽しみの、山形ラ・フランス頂きました。ありがとうございました。早速、明日のランチのお客様に提供させてもらいます。何年も通って頂けるお客様には、あなたとの歴史をベラベラ喋っていますから”お、来たの?”と喜んで頂いてます。貴方が高校生からの付き合いだから50年になるんだよ。毎年毎年ありがとう。引退したら、だめだからね。俺とのキャッチボールが残っているからね。貴方にしか自慢できないから言わせて貰うけどスローフォークが投げられるようになりました。自然落下?そうとも言います。会える日を楽しみにしています。

本当にありがとう。DSC_1053 (002)

本当のサプライズ!!!!

今日は偶々、エレベーターで一緒になり、『何屋さん?』『寿し屋です。』そこから、お付き合いが始まった仲良しママさん、グループ。何時もの定例会?と思っていました。10月生まれの人が多いとの事で誕生会も兼ねると始まったら何と自分の誕生日を覚えて頂いていて一緒に祝って頂きました。50年も出張してきて初めての事で嬉しくて、嬉しくて、涙を堪えるに必死でした。齢70年。寿司を握り続けられる事に感謝です。そのグループのリーダー的な方のお嬢さん。何と小学4年生。一言で言うと【ヤバイ!】です。容姿はモデル。グループのお子さんを見事に統率。ケンカで子供が泣く事は今まで一度もありません。本当に凄いのです。小さい子まで整列させゲームを始めた時には、感激しすぎて言葉がありませんでした。普通は親が一人二人犠牲になり交代で寿しを食べて頂くのですがこの会は親が全員着席で寿しを召し上がって頂くと言う離れ業!シャンパンで親全員が乾杯する光景も初めてです。この子がどんな子になるのかもう少し長生きしたくなりました。ありがとうDSCPDC_0001_BURST20251102200933844_COVER (002)
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こういう、食べ方もあります。

最近は皆さんのライフスタイルも変わり寿司屋で飲むと言う事が少なくなって、今はグーグルマップの高評価?を頂き、外国の方が当店を支えて貰っています。その食べ方がこちらです。シャリ無しでの注文です。やっぱり発想が違います。お相手して感じるのは大分、日本の文化を分かって来ていると思います。DSC_1033 (002)

一番好きな寿司ネタ。

寿司ネタに【しん】が付くのは2種類しかありません。小肌の初期がシンコ、スミイカの初期が新イカが変形してシイカ。自分はこのシイカ一番好きなのです。甲の(背中の骨と言えばいいのでしょうか)柔らかいイカは取れたてが甘いのですが甲の硬いイカは時間が経つと甘くなるのです。ゲソはさっと茹でてツメを垂らして頂くとこれは絶品です。お試しあれ。DSC_1027 (002)

秋の味覚が届きました。

交流が始まりもう30年になります。大分県は臼杵の有名フグ料理店の女将さんから届きます。うちの店とは格が違うらしいのですが毎年必ず届きます。遠く大分の自分の山から本当に感謝しかありません。薄造りした平目に海塩を軽く振りカボスを絞って、召し上がって頂きます。当店の自慢料理です。DSC_1024 (002)

自動炊飯器では出来ません。

中華料理では”おこげ”はありますが、寿し屋では絶対に無いのですが賄い飯には密かに存在します。修業時代の初期にはシャリは分厚い木蓋のあるお釜で炊いてました。時間が来れば炊きあがる今の炊飯器とは違い火力調整が必要な始めチョロチョロなかぱっぱ赤子が泣いても蓋取るなの言いつけを地で行くものでした。最初は緊張して炊いていましたが慣れてくると自分で火力調整が出来るようになり内緒で最後の一炊きで薄くおこげを作りにおかか、醬油を少々混ぜておにぎりにすると食べ盛りの出前持ちには最高のおやつになりました。今日は巻物代わりに北海道産とうもろこしの炊き込みご飯で敢えておこげを作り出前持ち時代を懐かしんでいます。もう最高です。DSC_1023 (002)

今でも、やっているのですが

50年前は並100円,上200円,特上300円でした。時代は流れ今では写真のお寿司が特上の1,5人前税込み4100円です。最近では全くと言うほど出前はありません。ウーバーと言う新しい出前の形態が出来たのにも関わらず、お寿司は使い切り容器では需要は半減です。昔からお寿司の出前はお客様が見えた時というパターンが多く器にも気を使わなくてはいけません。配って下げる人手が大変な時な時に衰退していくのも仕方ないのかも知れませんがしぶとく当店は出前をしています。DSC_1021 (004)