nakamurasushi のすべての投稿

まだまだ、これからです。

久し振りの雄姿?です。40歳以上の大会に出場していて、今日が準決勝。間違っても自分は投げません。いや投げれませんが前回相手が棄権したため仲間が記念に撮ってくれました。還暦野球では敗戦処理の為投げることがありますが仲間と一緒に野球するのが楽しみです。1753567188586 (002)

今日のデザートです。

北海道の特派員?から届いたメロンで作りました。特派員曰く夕張メロンだけがメロンでは無く他にも美味しいメロンが沢山あるそうなんです。銀座時代、良く切らされていたのが静岡産。仕入れ値の10倍で売りきる凄さ!なんでも時間指定のメロン。1個より配達、メロン以外の果物無し今でもそうなんでしょうが凄いところです銀座は。そのメロンと負けないほど美味しいメロンでした。1753410995012 (002)

時代は変わりました。

本当に暑い日が続き8月になったら体温越えの日々が続くのかと思うと気が重いです。最近はすっかりお客様模様が変わりインバウンドと呼ばれる外人さんが多くご来店頂くようになりました。くDSCPDC_0001_BURST20250723192643048_COVER (002)

 

今日はブラジルとアメリカの友人のご来店。言葉は通じませんが楽しそうでした。

それでは。

山形の野球仲間が送ってくれました。

最上級の山形のサクランボ。毎年、有難く頂いています。6歳になる孫が去年から猛烈に食べだし、自分の分が少なくる心配もあります。山の神は勿論、孫が一番なんで仕方がありません。

DSC_0793[587]

 

ここからは、私事通信。

Y君へ毎年、お気遣いありがとう。皆が笑顔になります。俺も齢70になります。いつの間にか澁谷の道玄坂の出前持ちを集めて始めた野球も55年になりました。今でもあなたを超えるサードに出会った事はありません。一番下っ端の連絡係から9チームが競う早朝野球のオーナーと物凄い出世ですがやっていることは集金係と道具の運搬係です。寿司と野球。人生を賭けてこれからも続けます。もし、東京へ出てくるときは火曜日、水曜日、世田谷公園で野球をしているからキャッチボールをしよう。その日が実現するまで元気でいてください。奥様にもくれぐれも宜しくお伝え下さい。山形で50年来の野球仲間が送ってくれたサクランボは俺の自慢でもあります。本当にありがとう。

まだ、五分咲きですが・・・

五分咲きの目黒川の桜。開花が遅れた為、待ちきれない花見のお客様が大挙して押しかけて凄い事になっています。川沿いの道は交通規制がないのですが通ることも憚れる状態です。お陰様で久しぶりのお客様が店に立ち寄って頂き、桜に感謝です。時代は過ぎ交わす言葉が『生きてた?』妙に真実に近い言葉で聞こえるのは自分だけでしょうか?今日はこれから桜の本家。千鳥ヶ淵の花見の会で寿司を握って来ます。特等席で花見をしてお足を頂くのは自分だけ。これだから、寿し屋は止められません。DSC_0869 (002)

桜はまだです。

桜はまだです。しかし祭りの準備は着々と進んでいます。爆上がりした提灯も頼みました。コロナ時代が懐かしいくらい、川沿いの昔風に言うテキヤさんの場所取りが激しいです。それでは。DSC_0867 (002)

お客様は全員、外国の方。

外国の方が数人でお仲間に加わる事が普通になりました、当店の出張パーティー。今回は全員外国の方。パーティーの趣旨を聞こうにも日本語オンリーの自分には全く分かりません。サーモンをサケ?と聞かれた時には、ビックリしました。普通のパーティーと同じで何でも召しあがる外国の方のDSC_0865 (002)

姿をみて寿司が世界の料理になったと実感する瞬間でした。

それでは。

雛祭りでした。

 

 

正直な気持を言いますと自分には全く関係のないイベントです。生まれた子供が男3人。期待を掛けた孫がまた男、男。忘れかけているイベントを寿司で表現しようと色々、楽しみながらやってきましたが雛祭りだけが自分の弱点です。それでも、純子の号令がかかり、五目チラシを作りました。『お雛様です。』の一言で皆様に喜んで召し上がって頂きました。『娘に食べさせたい!』この言葉に弱い山の神がいそいそとお土産にするサービスぶり、残ったら昼ご飯と言う言葉は何処へやら全て召し上がって頂きました。次回のサービスは牡丹餅です。  それでは。

 

DSC_0862 (002)

40年です。

DSC_0861 (002)

先代からのお付き合い。当店の名付の方です。10年通って頂けるのは僅か2パーセントと言われる厳しい世界。それが40年。有難いを通り越し、自分の誇りです。今日はご主人の77歳のお祝いを自宅に呼んで頂きました。先代がお前の店に行くと一言。中村では固いから『なか村』にしなさい。先代が亡くなり15年。昨日のことのように当時を振り返る事の凄さ。有難うございます。まだまだ、握ります。それでは。